ヴァイマル憲法48条など

ヴァイマル共和政ドイツ第二帝政の崩壊、対外戦争における敗戦をきっかけとして生じた革命による崩壊から生まれた。すなわちヴァイマル共和政は敗戦を親とする民主主義体制であるという点で、戦後日本民主主義と共通している。もっともフランス第三共和政もそうだが。

 

ドイツの歴史が語られる際に常に意識されるのは1945年の破局である。ドイツ史をさかのぼる上で現れるあらゆる現象・事象を「ナチズム」との関連において語ること、すなわちルター、ヘーゲルニーチェはドイツ・ナチズムの思想的淵源である、ヒトラーはフリードリヒ大王、ビスマルク、ヴィルヘルム二世に連なるプロイセン軍国主義者の一人である、ドイツには国民国家形成が西欧よりも遅れたという劣等コンプレックスが刻まれていて云々といったような議論は第二次世界大戦直後には珍しくなかった。昨今はこうしたドイツが辿った歴史を「特殊」なものとして位置付け、ドイツの運命を特殊ドイツ的要素に還元することによって説明しようとする枠組みは、西欧の歴史を「普遍」と無自覚に前提するものとして批判にさらされ、説得力を失っている。しかしドイツ人の自己認識には「ドイツは西欧とは違う」というドイツ特殊論が常に含まれているように思う。

 

ドイツの政治思想文献やその研究論文を読むと「有機体」「有機体国家」というワードに良く出会うことが常々気になっている*1。この観念はゾントハイマーが『ワイマール共和国の政治思想』で戦間期ドイツ政治思想における鍵概念として指摘しているが、これはそうした特殊ドイツ的な観念の一つではないか。<社会契約説-機械論国家-(国家からの)自由主義-議会主義>という西欧的原理はドイツにはそぐわない、<有機体国家-国家の役割を積極的に肯定する修正自由主義-ゲルマン的身分制議会>という真のドイツ的原理によってライヒは再建されるべきである。現に保守革命ドイツ国権主義、ナショナル・ボルシェヴィズムといったヴァイマル期の反議会制民主主義思想は慨して西欧的原理との断絶を主張していた。

 

「西欧的自由主義国家」ヴァイマル共和国の憲法草案を作成した公法学者フーゴー・プロイスもこうした「有機体国家」論者であった。彼はかねてより皇帝権力と議会権力の調和による「有機体」国家を構想しており、草案作成においてライヒ大統領権限の強化を進めたのは「西欧的議会主義」に対する敵意からではなかった。だがそうした議会に対する敵意、多数派の支配に対する不信感は当時の保守派には根強くあった。であるから彼ら保守反動はプロイスのような「自由主義者」と協力し議会権限を抑制するため大統領権限の強化を進めていったのである。マックス・ウェーバーも大統領権力の強化を進言していた。

 

   Artikel 48

  48条

  Wenn ein Land die ihm nach der Reichsverfassung oder den Reichsgesetzen

  あるラントがライヒ憲法あるいはライヒ法律によって

 obliegenden Pflichten nicht erfüllt, kann der Reichspräsident es dazu mit Hilfe der

 課される義務を履行しない場合、ライヒ大統領は武装兵力の補助を以て

 bewaffneten Macht anhalten.

 これを履行せしめうる。

 Der Reichspräsident kann, wenn im Deutschen Reiche die öffentliche Sicherheit und

  ライヒ大統領は、ドイツ・ライヒにおいて公共の安全および

 Ordnung erheblich gestört oder gefährdet wird, die zur Wiederherstellung der

 秩序が著しく損なわれるあるいはその危険がある場合、

 öffentlichen Sicherheit und Ordnung nötigen Maßnahmen treffen, erforderlichenfalls 

 公共の安全及び秩序を回復するに必要な措置をとることが出来、必要な場合は

 mit Hilfe der bewaffneten Macht einschreiten. Zu diesem Zwecke darf er 

 武装兵力を用いて介入しうる。この目的のために、大統領は

    vorübergehend die in den Artikeln 114, 115, 117, 118, 123, 124 und 153 festgesetzten 

    114条*2、115条*3、117条*4、118条*5、123条*6、124条*7、153条*8に定められる

    Grundrechte ganz oder zum Teil außer Kraft setzen.Von allen gemäß Abs. 1 oder 

    基本権の全てあるいは一部を停止しうる。本条第1項または第2項に従って

     Abs. 2 dieses Artikels getroffenen Maßnahmen hat der Reichspräsident unverzüglich 

    とられた措置全てについて、ライヒ大統領は遅滞のないように国議会に報告を

 dem Reichstag Kenntnis zu geben. Die Maßnahmen sind auf Verlangen des 

 せねばならない。これらの措置は国議会の要求によって効力を失うとする。

 Reichstags außer Kraft zu setzen. Bei Gefahr im Verzuge kann die Landesregierung 

 危険が迫っている場合にはラント政府は自らの領域について、

 für ihr Gebiet einstweilige Maßnahmen der in Abs. 2 bezeichneten Art treffen. Die  

 第2項に定められているような形式の暫定的措置を取りうる。

 Maßnahmen sind auf Verlangen des Reichspräsidenten oder des Reichstags außer 

 この措置はライヒ大統領あるいは国議会の要求によって効力を失うとする。

 Kraft zu setzen. Das Nähere bestimmt ein Reichsgesetz.

 詳細はライヒ法律でこれを定める。

 

プロイスは共和国憲法草案を作成するにあたり、1917年のビスマルク憲法改正案における(有機体国家の一機関としての)皇帝の機能をライヒ大統領に担わせる形で組み込んだ上、憲法48条によって基本権の停止を制限つきとはいえ大統領に認めた。大統領の非常大権がかように強大なものとなったのには勿論当時の革命的情勢(バイエルンでは共産主義者が蜂起しレーテ共和国が宣言され、一方では保守反動勢力による義勇軍Freikorpsが存在し、共和国政府は非常に不安定であった)を考慮せねばならない。しかし基本権の停止を可能とする権限を、ある一つの役職に認めるという発想は西欧的思考から出てくるものではないように思う。またこうした権限は個人、人格としての大統領に認めているのではなく、大統領という非人格的形式に認めている。しかしプロイスが、大統領は共和国秩序の維持を非常大権の行使、合憲的独裁によって遂行するとした時、そこでは「大統領は共和主義者である」という大統領の人格的側面が前提されている*9。このように考えると、やはりプロイスには「法の支配-非人格的秩序」という西欧的思考から逸脱するものがあると思われる。つまり当時最も先進的と評されたヴァイマルのVerfassungには、西欧とは異質な要素が最初から含まれていたのである。

 

ヴァイマル共和政は結局ドイツ人自身の手によって放棄された。保守革命の思想潮流は西欧的自由主義・議会主義・ヴァイマルへの激しい敵意をあらわにし、ドイツ民族魂に適合するあるべき有機体国家・身分制国家が叫ばれ、平和・自由・合理主義は侮蔑され、戦争・秩序・ロマン主義が称揚された。エドガー・ユングが描いた、西欧的原理を克服したドイツによる中欧帝国=神聖ローマ帝国の復活という構想は、「西欧とは一線を画するドイツによる欧州新秩序」の計画であった。

 

初めにヴァイマル共和政と戦後日本民主主義の共通点に触れたが、それでは今日の日本においても例えば議会に対する憎悪とか、民主主義に対する敵意はあるか。日本人に民主主義は無理であるという言説はあまり珍しくもない。政治的な話はやめましょう。

*1:これが時代が下ると=ナチ時代に近付くと人種・血・土地・生命・共同体みたいなワードになっていく

*2:人身の自由

*3:住居の不可侵

*4:通信の秘密

*5:表現の自由・検閲の禁止

*6:集会の自由

*7:結社の自由

*8:所有権

*9:プロイスはホーエンツォレルンの人間を大統領の座に近付ける危険性を認識してはいたらしい